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東京高等裁判所 昭和58年(う)1581号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官大川敦作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人細田直宏作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、被告人を無期懲役に処した原判決の量刑は不当に軽く、被告人を死刑に処するのが相当であるというのである。

そこで、原裁判所が取り調べた証拠を調査し、当審における事実の取調べの結果を参しゃくして検討すると、被告人は、日本生命相互会社前橋支社(以下、「日本生命前橋支社」という。)に労務職員として勤務稼動していた者であるが、群馬銀行本店営業部渉外課所属の集金人であった被害者が日本生命前橋支社にきて同支社での集金を終えて同支社駐車場へ出てくるところを周囲に人目がないのを見定めたうえ呼びとめて言葉巧みに自分の勤務場所であった同支社一階のボイラー室に誘い込み、同所で同人を殺害して同人が所持していた群馬銀行所有の現金七〇〇万八七二一円、小切手四四通(額面合計一〇三三万六七三五円)等在中の集金カバン一個(時価一〇〇〇円相当)を強取したものであって、その動機をみるに、被告人は安定した職場と家庭とを有しながら、己れの収入をかえりみることなく、公営ギャンブルにのめりこみサラ金業者から借金を重ねて合計約四〇〇万円の借金をつくり、その返済に窮し、また当時サラ金業者からきびしい督促がしばしば職場になされたため、己れの不始末が職場の上司らに知られるにおいては職場を追われ、ひいては家庭も破綻する破目にいたることを強くおそれた結果、ついに定期的に日本生命前橋支社に集金に来ている被害者を殺害して同人の所持する多額の現金を強取し、この金をもって右借金を一挙に返済しようと決意するにいたったものであって、己れの私利私欲のため何の落度もない無関係の被害者の生命さえ狙うという、きわめて短絡的で自己中心的な犯行であり、その動機において全く酌量の余地のないものといわざるをえないこと、犯行の態様も、犯行の約半月前から被害者を襲って殺害する方法や死体を処分する方法について考えぬいたあげく、同人をボイラー室に誘い込んで隙を見て工具用鉄パイプで同人の頭部を殴打して失神させ、さらに同人の頭部、頸部に木綿袋をかぶせ、その上から、一端を柱などに固定した紐を同人の頸部にまきつけたうえ、同人の体から離れた地点でその紐の他の一端を強く引張る方法により同人を殺害しようと決意するにいたり、右絞頸に用いる木綿袋を自ら作成して、その口部に合成繊維紐及び電気コードを通して一重結びにしたうえ、これを同人の後頭部を殴打するための工具用鉄パイプとともに右ボイラー室の動力制御板脇に隠匿するとともに、同人の死体を包むための金網、ビニール、針金等も準備し、かつ、その死体についても、日本生命前橋支社の西隣にあった家坂産婦人科医院の病棟新築工事現場に埋めるか、あるいはこれを自動車で赤城山中に運んで山中に埋めるかのいずれかの方法をとることとし、約一〇日余りの間連日被害者を襲う機会を窺い、ついにこれを計画通りに敢行したものであって、きわめて計画的で用意周到な犯行といわざるをえず、またその殺害方法も前述のようにまことに残忍で鬼畜の如き極悪非道な手口という他はなく、さらに同人を殺害後その死体をかねてからの計画通りビニール、金網等で包んだうえ、いったんは右ボイラー室の排煙口内に隠し、更にこれを当初の計画を変更して、自分や家族の居住する管理人室の近くの同支社の重油タンクに遺棄して何くわぬ顔をしていたものであり、その死体遺棄の態様も死者に対する冒涜これにすぎるものはないといわざるをえないこと、被害者は当時四五才の働き盛りであり、妻と二人の子とともに平和で仕合わせな生活を営んでいたきわめて実直で真面目な銀行員であったのに、たまたま日本生命前橋支社に集金のため出入りしていたというだけで被告人から狙われ、一瞬にして無惨な殺され方で尊い生命を奪われ、さらに重油タンクの中に投棄され屍ろう化するまで長期間油漬けの状態に置かれていたのであり、あまりにも非惨という他なく、被害者の無念さは察するにあまりあるといわざるをえないこと、被害者の妻も突然このような夫の失跡に会い、途方にくれながら、かつ、被害者自身が集金した金員を持ち逃げしたのではないかという世間の疑惑、冷たい目に耐えながら、必死に二児を守って生活していたが、ついに肉体的にも精神的にも疲れはて、被害者が非業の死を遂げてから約四年後に二児を残して自殺するにいたったのであり、同女が長男や近親者に残した遺書は、追いつめられ、もはや死を選ぶ他途のなかった同女の心情を切切と訴える、読む者において涙なきを得ないものであり、同女の無念さもまた察するにあまりあるというべきこと、また、被害者の次男もこうした家庭の破局からその後非行に走り少年院に収容されるにいたったのであり、こうした被害者の一家に直接間接に及ぼした本件犯行の悲惨な結果にかんがみれば、被害者の遺族らが被告人に対し強い憎しみ、憤懣を抱き、極刑を望んでいることも遺族の心情とすれば当然という他はないこと、被告人は右犯行により強取した金員でサラ金等の借金を完済したが、その後もギャンブルから足を洗うことなく、残りの金員をこれに費消したのみか、さらに再びサラ金から借金を重ね、右犯行後わずか二年足らずしてまたしても約六〇〇万円の借金をつくり、その返済に窮したあげく、さらに原判示第三の所為に及び、その騙取金の返済も妻や兄弟に押しつけたまま己れはその後もギャンブルに耽り、遂には己れの家庭をも崩壊させて妻とも離婚するのやむなきにいたるまで、ギャンブルとは手を切れず、これに狂奔していたこと、今日にいたるまで被害者の遺族には何らの慰謝の措置が講じられておらず、また、多額の強取金員の被害弁償もなされていないこと、本件が集金業務に従事する銀行員を惨殺して七〇〇万円余の金員を強奪するという兇悪なものであったうえ、被害者の妻までが前述のように自殺を遂げるという悲劇的な結末をたどったことから社会人心にも強い衝撃を与えていることなどを併せ考えるとき、被告人の刑責はまことに重大であり、検察官が被告人に対しては極刑が相当であるとして本件控訴に及んだことも必ずしも苛酷に過ぎるとはいえない。

しかしながら、己れの収入をかえりみることなくギャンブルに耽り原判示第二の犯行にいたるまで自己の非を悟らなかった被告人の生活態度はまことに無軌道、自堕落という他はないけれども、被告人には前科前歴もなく、本件を別にすればその性格の兇暴性、残忍性を窺わせる行跡もなく、当時日本生命前橋支社においては一応真面目に稼動していたと認められること、被告人が原判示第二の犯行の後も生活態度を改めず、なおギャンブルに耽りサラ金への借金を次々とつくり、その結果さらに原判示第三の犯行に及んだことは、前判示のようにまことに言語道断というべきであるけれども、この点については、原判示第二の犯行の後は日夜重油タンク内の被害者の死体のことが念頭から離れず、また、いつか犯行が露見するのではないかという不安にもさいなまれ、毎日いても立ってもいられないような気持であり、こうした気持から逃避するためにずるずるギャンブルを重ねた旨被告人が供述するところは、それなりに心情的に理解でき、被告人が原判示第二の犯行について何ら良心の呵責にさいなまれることなく冷然と無軌道な生活を続けていたわけではないこと(被告人が原判示第三の犯行の後二回にわたり自殺を企てていることに徴しても、被告人が原判示第二の犯行について自責の念にかられ、強い自己嫌悪にさいなまれていたことは十分に窺えるのである。)、原判示第二の犯行がなかりせば、被害者の妻の自殺も被害者の次男の非行化もありえなかったであろうし、被害者の死体が発見されない場合には被害者自身に集金した金員を持ち逃げしたのではないかという嫌疑がかかるであろうことは、被告人において右犯行の時点である程度予測しえたところであろうけれども、当時捜査にあたった警察において、日本生命前橋支社を中心に今少し入念な捜査がなされていたならば、あるいはその時点で右犯行が解明され、被害者の妻の自殺や被害者の次男の非行化は回避しえたのではないかとも思料されるし(被害者らしき人物を見たという情報もあったことが窺われる当時の具体的状況の下においては、警察が被害者本人による持ち逃げの線を捨てることができず、そのため捜査の焦点をしぼりきれないでいたのもやむをえなかったところと思料されないではない。)、被告人自身としても被害者の妻の自殺までは全く予期していなかったと認められること、被告人が逮捕後終始一貫して素直に全犯行を自白し、原審において、「とにかく黒須さんだけでなく、奥さんまで自分が殺したと同じだと、そういう風に考えたら、本当に居ても立ってもいられない申し訳ない気持ちです。どのようなことを償っても償いきれるものじゃないと思っています。今は独房の中で御夫婦の御めい福をお祈りしているただその毎日です。」と供述するなど、己れの罪の重大さを十分に自覚し、心から反省する態度に終始していたものであるが、当審においては、さらに、裁判所に対し己れを死刑にしてほしい旨発言したこともあるなど被害者夫妻に対する強い贖罪の念を表明するにいたっていること、その後被告人は右発言を撤回するにいたったのであるが、この間の被告人の心境の変化は、当裁判所としても必ずしも正確に把握しきれないものであるけれども、おそらく被害者夫妻に対する強い贖罪の念と生への執着との板ばさみの中で、被告人の心境がはげしく揺れ動き、被告人が懊悩、苦悶している心理的過程を如実に反映したもの、己れの人間的な弱さを露呈しながらも被告人なりに真摯な内省、自己吟味をくりかえしている消息を物語るものと理解されること、また死刑が人間の全存在を抹殺する極刑であることに思いをいたすとき、被告人の所業は天人ともに許さざるところであり、被告人を極刑に処することを望む被害者の遺族らの心情もそれはそれとして十分に理解できるところではあるけれども、同種事件の量刑の現状に鑑み所定刑中いずれも選択すべきかの境界に位置すると認められる本件については、事後審たる当裁判所としては、被告人を無期懲役に処した原判決を破棄したうえ被告人に死刑を科するということには躊躇を禁じえないものがあり、むしろ、右に述べたような被告人の心情、今なお人間的な誠実さを失ってはいない被告人の心情にかんがみるならば、被告人をして、生あるかぎり、被害者夫妻の冥福を祈らせ、もってその贖罪にあたらせることこそ刑政の本旨に沿うものではないかと考えるものである。したがって、被告人を無期懲役に処した原判決の量刑は不当に軽いとまではいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用を負担させないことにつき刑訴法一八一条一項ただし書を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 時國康夫 裁判官 磯邊衛 日比幹夫)

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